しばしば「漢方薬は女性に適している!」「女性特有のトラブルは漢方薬が有効」というフレーズを耳にします。実際、頻繁に女性向けの雑誌に漢方特集が組まれているのを目にしたことがあるのではないでしょうか。
博報堂生活総研が1990年代から行っている「生活定点」調査によると「健康に不安がある」と回答した女性の割合は近年、一貫して約60%と高止まりしています。一般的に健康に自信があると思われている20~30代の女性でもその値は50%を超えています。ここから「今は病気ではないけれど、健康に対して楽観はできない」と考えている女性たちの一面が浮かび上がってきます。
そのような健康観を持つ女性たちにアロマセラピーやハーブといった自然療法は根強い人気があります。その中でも特に漢方薬は幅広く受け入れられている印象があります。こちらのページではそのような漢方薬の世界をやさしくお伝えしてゆきます。
近年、女性の生活スタイルは大きく変化しています。学校を卒業してすぐ専業主婦になる時代から、男性と同じように長時間働くことが当たり前となっています。このような女性の「男性社会化」が進む一方で、結婚・出産・育児といったこれまでと変わらないライフイベントも存在します。それらに伴って退職や再就職、さらに引越しなども起こりやすく男性以上に環境の変化が多く負担もかかりやすい、それが今を生きる女性の姿ではないでしょうか。
女性の場合、上記のような生活環境の変化に加えて身体の変化もダイナミックです。その代表が毎月やってくる生理とそれによる周期的な体調変化です。生理の数日前から現れる月経前症候群(PMS:Premenstrual Syndrome)によってイライラや腰のだるさなどに悩まされる女性も多いです。
生理という「小さなサイクル」に加えて、女性ホルモンの分泌量は10代前半から50代にかけて大きく変わってゆく「大きなサイクル」も存在します。思春期から女性ホルモン量は急激に増加し20~30代の性成熟期に高い水準で安定します。そこから更年期と呼ばれる40~50代にかけてその量は急降下を起こします。このように女性の身体は「小さなサイクル」と「大きなサイクル」の上で精密にコントロールされています。
日々変わり続ける女性の身体のバランスは精密なゆえに環境の変化に敏感です。仕事のストレスや育児のための睡眠不足などでこの健康のバランスは簡単に崩れてしまいます。一方で生活を営んでいる以上、心身に降りかかるストレスを回避したり取り除くことは容易ではありません。いつしか何らかの体調不良を抱えた状態が当たり前となり、健康な状態から遠ざかってしまう女性も少なくないでしょう。
そもそも「健康」とはどのような状態なのでしょうか。漢方において健康は「気(き)・血(けつ)・津液(しんえき)が質的にも量的にも充実していること」と考えます。もう少し具体的に表現すると気・血・津液がスムースに身体を流れており、極端に不足していたり過剰になっていない状態といえます。
より厳密には気・血・津液を生み出す五臓六腑の円滑な連携もまた健康には不可欠です。この点について詳しくは「わかりやすい漢方薬解説・漢方理論解説」のページをご参照ください。それではここで少し、気・血・津液の働きを見てゆきましょう。
気は身体にとって生命エネルギーといえる存在です。気が充実していれば風邪もひきにくく、日々活発に生活することができます。さらに気は血や津液を身体中に巡らす働きも担っています。
血は身体中を栄養する物質であり、私たちが知る西洋医学的な血液のイメージと部分的に似ています。一方で漢方医学の血は充実することで精神状態を安定化させるという役割も持ち合わせています。
津液は身体に潤いを与えます。この働きによって肌や髪がみずみずしい状態を維持できます。
しばしば津液は水(すい)とも表現されます。
このような働きを持つ気・血・津液が充実していることで人間は健康な状態となります。もし長時間労働や睡眠不足、冬の厳しい寒さといったストレスに身体がさらされ、許容できるラインを超えると気・血・津液のバランスは崩れてしまいます。つまり健康から病的な状態となってしまうのです。
女性の生活スタイルが様々なのと同様に体調不良の姿もまた様々です。ここでは漢方医学からみた病的な状態を6タイプに分けて、女性に関連の深い症状とあわせて見てゆきましょう。
気虚は気が不足した、まさしく元気がない状態です。過度な仕事や睡眠不足などによって気虚になると疲労感がなかなか消えず、冷え性もひどくなります。生理中は腰を中心に身体が重だるく、ダラダラ続く生理出血や突然の不正出血が目立ちます。気虚はしばしば血虚がセットとなった気血両虚(きけつりょうきょ)として現れます。 | |
気滞は主に精神的なストレスを強く受け続けると起こります。気の巡りが悪くなると胸や腹部に張り感が現れ、食欲もなくなってしまいます。生理前にはイライラ感や落ち込みが目立ち、生理周期も不安定になりがちです。基礎体温のグラフは低温期と高温期に分かれずガタガタになり、うまく二層化しません。 | |
過労などによって気が不足したり、生理出血過多によって血が不足したりすると血虚に陥ります。血虚になるとめまいや立ちくらみといった身体症状に加えて、過剰な不安や不眠といった精神症状も現れます。生理痛も目立ち、生理後はシクシクとした鈍痛が続きやすいです。 | |
気滞や血虚などによって血の巡りが悪くなると血瘀の状態となります。血瘀のイメージは今風にいうと「ドロドロ血液」といったところです。血瘀になると顔色や唇の色が青紫っぽい暗色になり、肌にあざもできやすくなります。血瘀によって起こる生理痛は刺すような強い痛みであり、首肩の凝りや頭痛もセットになりやすいです。漢方医学では子宮筋腫や子宮内膜症も血瘀が原因と考えます。 | |
血虚や充分な栄養素を摂らない食生活が続くと津液が不足して津虚の状態に陥ります。津虚になると髪や肌の潤いがなくなり、腸も滑らかさが失われて便秘気味になってしまいます。多くの場合、血もあわせて不足した状態である陰虚(いんきょ)として現れます。 | |
高脂肪で強い味付けの食生活を続けていると身体内において有効活用されない過剰な水分が増えて水滞が生じます。この水滞は身体内のあちらこちらにこびり付いた「ヘドロ」のようなイメージです。症状としては下半身のむくみや身体の重だるさ、胃のむかつき、痰がからんだ咳、めまい、頭重感などが現れやすくなります。 |
このようにざっと6タイプの病能を挙げましたが、実際には気血両虚のように複数のタイプにまたがっていることがほとんどです。特に女性の場合、生理による出血があるので血虚に陥りがちであり、そこを発火点に体調不良が波のように広がりやすいので要注意です。
漢方薬の働きはシンプルにいえば不足したものを補い、過剰なものを除くことといえます。上記の6タイプの病能を見ても基本的にすべて気・血・津液の過不足が問題とわかります。
漢方薬とは一部の例外を除いて複数の生薬から構成される「チーム」のような存在です。生薬には人参のような気を補うものや、当帰のような血を巡らすといった個性があります。これらの個性を持った生薬をうまく組み合わせることによって生薬単独では得られない力を漢方薬は発揮するのです。
下記ではしばしば女性に用いられる代表的な漢方薬を4つ挙げてみました。これらの漢方薬を見ながら、漢方薬はどのように心身に作用してゆくのかを確認してみましょう。
当帰芍薬散加人参(とうきしゃくやくさんかにんじん)はその名の通り、血を流す当帰や血を補う芍薬、そして気を補う人参など合計で7種類の生薬から構成される漢方薬です。漢方薬の名前の中には含まれていませんが水滞を改善する茯苓なども含まれています。
したがって、当帰芍薬散加人参は血虚・気虚・水滞が混ざった状態を改善する漢方薬と考えることができます。この病能は近年、若い女性によく見られるケースでもあります。
具体的には疲労感が強く普段から貧血によるめまいや立ちくらみ、四肢の冷えと足のむくみ、生理に関しては周期が長くなりがちで生理中から生理後にかけてシクシクと鈍い生理痛が続くといった症状の改善に適しています。
逍遥散(しょうようさん)は気滞を改善する代表的な漢方薬です。この逍遥散の「逍遥」とは「気分よく散歩をすること」を意味しています。逍遥散には気の巡りを改善する柴胡や薄荷を含むためPMS(月経前症候群)による憂うつ感や胸の張り感に有効です。
当帰や芍薬も含むので生理痛や生理不順の改善にも力を発揮します。もしイライラ感やほてり感が強い場合は悪い熱を鎮める作用がある牡丹皮や山梔子を加えた加味逍遙散がより適しているでしょう。
折衝飲(せっしょういん)は紅花、桃仁、牛膝、延胡索といった血の巡りを改善する生薬、つまり血瘀を改善する生薬を豊富に含んでいます。特に延胡索は優れた鎮痛効果を発揮します。
そのため折衝飲は子宮筋腫や子宮内膜症などに悩む生理痛が強い女性に向いています。さらに芍薬や当帰も含むので血虚の改善も期待できます。
温経湯(うんけいとう)は人参、当帰、牡丹皮、呉茱萸、桂皮など12種類の生薬から構成される漢方薬です。漢方薬は6~8種類くらいの生薬から構成されるものが多いので12種類はなかなか多い部類です。
温経湯は気や血を補い流す生薬や身体を温める生薬を含むので幅広く女性の身体的トラブルを改善します。さらに身体を潤す麦門冬や阿膠を含むので肌の乾燥や唇が割れてしまう津虚タイプの女性に適しています。
このようにいくつかの女性向けの漢方薬を挙げてみましたが、これはほんの一部です。漢方薬を専門に扱う薬局には少なくとも50種類以上の漢方薬を備えているでしょう。100種類以上を常備している薬局も多いはずです。さらに本格的な煎じ薬に加えて、粉薬や錠剤などの幅広い剤形を揃えていれば選択肢の幅も広がります。
一方で漢方薬に興味はあるけれど、ドラッグストアと違っていきなり漢方専門の薬局に行くのはハードルが高いと感じる方も多いでしょう。そもそも、近所に漢方薬局がないという方もいらっしゃると思います。そのような場合はまずはネットで検索してみることをお勧めします。
最近の漢方薬局は得意分野などを積極的に情報発信しているところも多いです。グーグルなどの検索エンジンで「漢方薬局 池袋」のように「漢方薬局 地名」でまずは検索してみましょう。地名に加えて「漢方薬局 山手線」「漢方薬局 池袋駅」のように通勤で使う交通機関や駅名を入れてみると会社帰りに寄れて便利な漢方薬局が探せたりもします。
気になる漢方薬局が見つかれば来局前に一度、電話をして混雑具合を確かめてみるのがよいでしょう。漢方薬局ではご症状や体質を時間をかけて伺うことが多いので予約制になっている漢方薬局も多いです。意外と漢方薬の金額がホームページに載っていないケースも多いので、それらも含めて疑問点は積極的に聞いてみるのが良いでしょう。
このページでは女性の健康を支える漢方薬の情報を簡単にご紹介いたしました。さらに詳しい漢方薬の薬効や漢方の理論などはこちらの「わかりやすい漢方薬解説・漢方理論解説」のページにも載っております。こちらでは一般の方に加えて医療従事者の方にも読んでいただきたい情報も載っております。是非ともご覧くださいませ。