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わかりやすい漢方薬解説・漢方理論解説

炙甘草湯(しゃかんぞうとう)

炙甘草湯の出典


傷寒論


炙甘草湯の構成生薬


炙甘草3-4、生姜0.8-1(ヒネショウガを使用する場合3)、桂皮3、麻子仁3-4、大棗 3-7.5、人参2-3、地黄4-6、麦門冬5-6、阿膠2-3


※上記は一般用漢方製剤承認基準(厚生労働省医薬食品局)より
※単位は1日当たりのグラム


炙甘草湯の効能・効果


体力中等度以下で、疲れやすく、ときに手足のほてりなどがあるものの次の諸症:動悸、息切れ、脈のみだれ


※上記は一般用漢方製剤承認基準(厚生労働省医薬食品局)より


炙甘草湯の処方解説


一般的に炙甘草湯は「動悸や不整脈に有効な漢方薬」として有名です。そのため炙甘草湯は「復脈湯(脈の異常を回復させる漢方薬)」という異名があります。一方でどのような動悸にも有効なわけではなく、体力の消耗や発汗過多などによって生じた気・血(けつ)・津液(しんえき)の不足によって生じる動悸や不整脈に効果を発揮します。


より具体的には、炙甘草湯は五臓六腑(ごぞうろっぷ)において、血を全身に巡らすはたらきを担っている心(しん)に供給されるはずの気・血・津液が不足した状態を改善します。気が足りなくなると心が正常に拍動できず、血と津液が足りないと血脈(西洋医学的には血管に当たります)が空虚になり、その結果として心悸亢進や脈の乱れが起こります。このような状態を炙甘草湯は改善します。


気の不足した状態、つまり気虚(ききょ)に対しては気を補う炙甘草、人参、大棗が対応します(人参は津液を補う力もある)。気虚に陥ると疲れやすさ、重だるさ、息切れ、胸苦しさ、声に力が入らない、日中の眠気などの症状が起こりやすくなります。


血の不足である血虚(けっきょ)は地黄と阿膠が改善します。血虚では顔色の青白さ、肌や眼の乾燥、爪や髪の荒れ、やせ細り、不眠、不安感などがしばしば現れます。麦門冬は津液を補うことで身体の潤い不足を解消し、乾燥した咳や切りにくい痰、喉の乾燥感などの症状を改善します。他にも津液と血は協働して適度に身体をクールダウンし、不快な身体のほてり感を鎮めます。


桂皮と生姜は身体を温めることで気や血の巡りを改善します。麻子仁は津液不足(しんえきぶそく)によって乾燥した腸に潤いを与え、便秘を解消します。


炙甘草湯における補足


「炙甘草湯」という処方名が示す通り、炙甘草湯の君薬(「くんやく」と読み、処方の中で中心的な役割を担う生薬のこと)は炙甘草です。炙甘草は生薬の甘草を火に通して炙(あぶ)ったものです。もともと甘草には気を補う力がありますが、炙ることで補気作用がより強化されます。炙甘草湯においては心の気の不足である心気虚(しんききょ)に対応するため、甘草ではなく炙甘草が使用されていると考えられます。


上記の処方解説で述べた通り、炙甘草湯は気・血・津液がそれぞれ不足した気陰両虚を発端とした動悸や不整脈に有効な漢方薬です。しばしば遭遇するケースとしては消耗が進み、体重の減少やほてり感が顕著なバセドウ病に代表される甲状腺機能亢進症の方などに炙甘草湯は有効です。


逆にパニック障害といったメンタル面の影響が大きい動悸にはやや不向きといえます。心因性の動悸であることが明白な場合は心血を補う帰脾湯(きひとう)や加味帰脾湯(かみきひとう)、酸棗仁湯(さんそうにんとう)などが候補に挙がります。

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文・女性とこどもの漢方学術院(吉田健吾)

清心蓮子飲(せいしんれんしいん)

清心蓮子飲の出典


和剤局方


清心蓮子飲の構成生薬


蓮肉4-5、麦門冬3-4、茯苓4、人参3-5、車前子3、黄芩3、黄耆2-4、地骨皮2-3、 甘草1.5-2


※上記は一般用漢方製剤承認基準(厚生労働省医薬食品局)より
※単位は1日当たりのグラム


清心蓮子飲の効能・効果


体力中等度以下で、胃腸が弱く、全身倦怠感があり、口や舌が乾き、尿が出しぶるものの次の諸症:残尿感、頻尿、排尿痛、尿のにごり、排尿困難、こしけ(おりもの)


※上記は一般用漢方製剤承認基準(厚生労働省医薬食品局)より


清心蓮子飲の処方解説


清心蓮子飲は気と津液を補う力を中心とした気陰双補剤(きいんそうほざい)です。厳密には清心蓮子飲に血(けつ)を補う力はあまり期待できないので、気津双補剤(きしんそうほざい)であるといえます。気と津液を補う他に、熱性症状を鎮める作用、精神状態を安定させる作用、そして水分代謝を改善する作用も持ったやや複雑な構成の漢方薬です。


清心蓮子飲の効能・効果を知るためには、気・血・津液のはたらきや性質を知る必要があります。気は身体を活性化する「生命エネルギー」と呼べる存在です。一方の血と津液は身体を栄養したり潤いを与えたりします。気は熱性を持ち、血と津液はその熱性を適度にクールダウンしています。


気が不足した気虚の状態に陥ると疲労感、重だるさ、息切れ、食欲不振といった症状が起こりやすくなります。津液が不足すると身体に潤いを与えることが難しくなり、喉の渇きや肌の乾燥といった症状がみられるようになります。くわえて、津液不足(しんえきぶそく)によって気の持つ熱性を抑制するはたらきも低下してしまうので、相対的に熱が過剰となってしまいます。この熱は虚熱(きょねつ)と呼ばれ、さまざまな不快症状が現れます。


虚熱の具体例としては不快なほてり感、寝汗、さらにはいつもソワソワして落ち着かない、焦燥感が募る、イライラ感、不眠などといった精神不安も現れやすくなります。このような精神症状は虚熱が五臓六腑(ごぞうろっぷ)における心(しん)に悪影響を及ぼした結果といえます。


泌尿器系においては津液不足の影響で尿が十分に作られずトイレから遠ざかってしまいます。一方で精神不安によって頻尿や夜間尿に陥るケースも見られます。その場合、根本的に津液は足りていないので何回もトイレに行っても尿量は少ないです。


清心蓮子飲が有効な症状は上記を総合したようなものとなります。したがって、特に泌尿器系の症状と虚熱をきっかけとした精神面でのトラブル、そして体力の低下などが大まかな清心蓮子飲の使用目標といえます。


清心蓮子飲の君薬(「くんやく」と読み、処方の中で最も中心的な役割を担う生薬)は、処方名にもなっている蓮子(れんし)、つまり蓮(はす)の種子です。蓮子は蓮肉(れんにく)とも呼ばれます。


蓮肉には多彩な薬効があり、主には熱によって乱された精神状態を安定化したり、漢方における消化器を指す脾(ひ)のはたらきを向上させて気を増します。さらに腎陰虚(じんいんきょ)を改善するはたらきもあります。他にも頻尿、下痢、不正性器出血、おりもの(帯下)などを改善する収斂(しゅうれん)作用も持っています。


人参、黄耆、茯苓、甘草は気を補うことで疲労感に代表される気虚(ききょ)の症状を改善します。人参は気だけではなく津液を補う力もあり、麦門冬と協働して不足している津液を補い、虚熱の発生を根本から防ぎます。黄芩と地骨皮は熱を鎮める清熱作用があり、発生している虚熱に対応します。そして、車前子は茯苓や黄耆とともに排尿を促し、その際に尿と一緒に虚熱も体外に排出します。


清心蓮子飲における補足


清心蓮子飲は津液を補い、その一方で利尿するという矛盾したような作用を持っています。これを理解するために、もう一度順を追って解説します。まずは繰り返しになりますが清心蓮子飲が適応となる根本的な状態は津液不足であり、その解消が第1の目標になります。


発汗が促される病気や過労などによって津液不足が進行すると、徐々に虚熱が起こります。津液不足に陥ると喉の渇きなどにくわえて尿量が減少し、さらに虚熱による精神不安が頻尿を生じさせます。この虚熱が清心蓮子飲の第2の目標となります。


清心蓮子飲はまず津液を補うことで身体を潤し、十分な尿が作られるようにします。そして、生み出された尿と一緒に虚熱も排出するのです。黄芩と地骨皮は直接的に虚熱を鎮めましたが、車前子などは排尿を通じて間接的に虚熱を除くのです。


しばしば清心蓮子飲は「心因性の頻尿に効く漢方薬」と認識されます。しかしながら、清心蓮子飲が有効なのは津液不足とそれに起因した虚熱による泌尿器系と精神面でのトラブルです。くわえて、気虚にともなう疲労感、手足の重だるさ、食欲不振なども使用の目安になります。


同じ精神トラブルでも慢性的なストレスや暴飲暴食などによって誘発される熱性症状の顕著な肝火(かんか)に対して清心蓮子飲は向きません。肝火によるイライラ感や怒りっぽさ、頭痛、ほてり感、眼の充血、口内炎、そして頻尿や排尿痛には竜胆瀉肝湯(りゅうたんしゃかんとう)が有効です。

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文・女性とこどもの漢方学術院(吉田健吾)

●補腎剤(ほじんざい)について

補腎剤とは五臓六腑(ごぞうろっぷ)における腎(じん)のはたらきが低下した状態である腎虚(じんきょ)を改善する漢方薬です。腎のはたらきはその中に収められている精(せい)に大きく依存しており、精の減少は腎虚と同義です。したがって、補腎剤は減少してしまった精を補う漢方薬ともいえます。


上記で挙げた精とは生命エネルギーの結晶のような存在であり、成長や発育、そして生殖活動に必須の物質です。その他にも精からは気や血も生み出され、骨や脳の形成、聴覚や視覚の維持にも貢献しています。このような生命活動の土台である精の減少は老化の進行とほぼイコールの関係といえます。したがって、補腎剤は現代風に表現するなら「アンチエイジング薬」といえるでしょう。


一方で腎虚は高齢者だけの問題ではなく、若年層にもみられます。具体的には原因不明の不妊症やED(勃起不全)といった生殖活動にまつわるトラブルにはしばしば腎虚が関係しています。


乳幼児における腎虚は五遅(ごち)と呼ばれる「起立の遅れ」「歩行の遅れ」「言葉の遅れ」「発毛の遅れ」「歯の生え揃えの遅れ」に代表されます。その他にも泉門の閉鎖の遅れ、夜尿症、骨や筋肉の形成不全なども乳幼児に特徴的な腎虚の症状といえます。


上記以外の腎のはたらきとしては身体内の津液(しんえき)の循環を促したり、排尿によって不要な水分を排泄したりもします。他には呼吸、特に大気から気を取り込む吸気にも腎は関係しています。


補腎剤の構成は補腎益精薬(ほじんえきせいやく)を中心に、冷えが目立つようなら身体を温める補陽薬(ほようやく)、不快な熱感があるなら清熱薬(せいねつやく)などが組み合わされます。


代表的な補腎益精薬は地黄(じおう)、山茱萸(さんしゅゆ)、山薬(さんやく)、鹿茸(ろくじょう)などが挙げられます。補腎益精薬の中でもマンシュウジカなどから採れる、伸び盛りの角である鹿茸は精を補う力に秀でています。補陽薬(ほようやく)には附子や桂皮、清熱薬には知母(ちも)や黄柏(おうばく)などが代表的です。


汎用される補腎剤としては六味地黄丸(ろくみじおうがん)、八味地黄丸(はちみじおうがん)、牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)、杞菊地黄丸(こぎくじおうがん)、知柏地黄丸(ちばくじおうがん)、味麦地黄丸(みばくじおうがん)などが挙げられます。なお分類上、六味地黄丸は滋陰剤(じいんざい)に含まれることも多いです。

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文・女性とこどもの漢方学術院(吉田健吾)

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