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わかりやすい漢方薬解説・漢方理論解説

脾(ひ)と胃(い)とは

脾(ひ)のはたらき


脾は漢方医学(中医学)において食べ物や飲み物を摂ることを通じて気・血(けつ)・津液(しんえき)を生みだす中心的な臓です。いわば脾は人体における「工場」のような存在です。より厳密には飲食物を消化吸収して気や津液のもとになる水穀の精微をつくり出すはたらきを担っています。西洋医学的な表現をすれば脾は胃腸を含めた消化器系全般の機能を持った存在といえます。


脾でつくられた気や津液は心(しん)や肺に送られ、全身に広がってゆきます。脾は他にも血が脈外に出ないように(出血しないように)しっかりと保持したり、口や手足、そして肌肉(きにく)の動きや機能を支えています。肌肉とは肺と関わりが深い皮膚の最表面部の皮毛と、肝との関わりが深い筋肉の間に位置する部分を指します。


やや脱線しますが西洋医学的な「脾臓」には免疫機能や古くなった血液を破棄する役割があります。したがって、漢方(中医学)で考えられている脾とは大きくはたらきが異なることになります。


脾の異常


脾において起こる代表的な異常として脾気虚(ひききょ)、脾陽虚(ひようきょ)、中気下陥(ちゅうきかかん)、脾不統血(ひふとうけつ)、脾肺気虚(ひはいききょ)、脾陰虚(ひいんきょ)、寒湿困脾(かんしつこんひ)、脾胃湿熱(ひいしつねつ)などが挙げられます。脾は消化機能をつかさどっているので、大半のトラブルは胃腸に関連したものになります。


脾気虚(ひききょ)とは

脾気虚とは脾に供給される気が不足した状態を指します。脾気虚の具体的な症状としては食欲不振、空腹感や味覚の低下、食後の眠気や腹部の張り、下痢や便秘といった便通障害、疲労感、手足の重だるさ、声を出すのがおっくう、体重や筋肉量の減少などが挙げられます。


これらの他にも脾気虚の方は甘いものを好む、野菜を嫌うといった特徴があります。上記の通り、脾は気血を生み出す中心的な臓なので、その機能低下は結果的に全身的な気虚につながってしまいます。


脾気虚を改善する漢方薬は四君子湯(しくんしとう)や六君子湯(りっくんしとう)、五苓散(ごれいさん)、啓脾湯(けいひとう)、参苓白朮散(じんりょうびゃくじゅつさん)、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)などが挙げられます。


脾陽虚(ひようきょ)とは

脾陽虚は脾気虚よりも気の不足が深刻化した状態であり、気の身体を温める温煦(おんく)作用が低下した状態といえます。脾陽虚の具体的な症状としては脾気虚の症状にくわえて腹部の冷え、腹痛(特に冷たいものを摂った後)、下痢、むくみ、透明な尿の頻尿などが挙げられます。


脾陽虚を改善する漢方薬は人参湯(にんじんとう)、桂枝人参湯(けいしにんじんとう)、附子人参湯(ぶしにんじんとう)、大建中湯(だいけんちゅうとう)、真武湯(しんぶとう)、などが代表的です。


中気下陥(ちゅうきかかん)とは

中気下陥とは気の不足によって主に臓腑を身体内のあるべき位置に固定できなくなった状態です。これは気の持つ固摂(こせつ)作用が充分に発揮できなくなっているからです。


中気下陥の具体的な症状としては胃下垂、腎下垂(遊走腎)、子宮下垂(子宮脱)、脱肛といった内臓下垂が挙げられます。その他にもふらつき、手足のだるさ、慢性的な下痢なども含まれます。中気下陥の主な原因は脾における気の不足であるので、中気下陥は脾気虚における一側面と考えられます。


中気下陥を改善する漢方薬は基本的に脾気虚を改善する漢方薬となります。その中でも補中益気湯(ほちゅうえっきとう)は固摂作用を回復させる力に秀でています。


脾不統血(ひふとうけつ)とは

脾不統血とは気の不足によって血(けつ)を身体内に保持する力が低下している状態を指します。これは中気下陥と同様に脾における気の固摂作用が低下した結果と考えられます。脾不統血の具体的な症状としては皮下出血、鼻血、血尿、血便、痔による出血、不正性器出血、経血過多などが挙げられます。


脾不統血を改善する漢方薬は気を補う補中益気湯(ほちゅうえっきとう)などと一緒に止血効果を持つ芎帰膠艾湯(きゅうききょうがいとう)の併用が適しています。


脾肺気虚(ひはいききょ)とは

脾肺気虚とは脾だけではなく肺における気虚がともに進行した状態を指します。脾と肺は五行論(ごぎょうろん)における母子関係(脾が母で肺が子)にあり、脾気虚を発端に肺気虚が進行しやすいといわれています。脾肺気虚の具体的な症状としては脾気虚の症状にくわえて息切れ、呼吸のしにくさ、水っぽい痰をともなう咳、かぜを引きやすい、発汗過多などが挙げられます。


脾肺気虚を改善する漢方薬は参蘇飲(じんそいん)、他には気を補う補中益気湯(ほちゅうえっきとう)や六君子湯(りっくんしとう)と一緒に咳を鎮める五虎湯(ごことう)や麦門冬湯(ばくもんどうとう)などとの併用が考えられます。


脾陰虚(ひいんきょ)とは

脾陰虚とは脾において津液不足(しんえきぶそく)が起こっている状態を指します。脾陰虚の具体的な症状としては口の渇き、唇の乾燥、手足のほてり、微熱、食欲不振、空腹感の低下、腹部の張り感などが挙げられます。脾陰虚に陥るとしばしば舌の苔(こけ)が地図状に現れるという特徴があります。基本的に脾陰虚は独立して現れることはなく、脾気虚などと一緒にみられます。


脾陰虚を改善する漢方薬は啓脾湯(けいひとう)、参苓白朮散(じんりょうびゃくじゅつさん)などが代表的です。


寒湿困脾(かんしつこんひ)とは

寒湿困脾とは寒性を帯びている水湿(すいしつ)が脾胃に停滞した状態を指します。水湿とは津液(しんえき)の流れが悪くなったことで生じる病的産物であり、寒湿とは脾胃に生じた「冷たいヘドロ」のようなイメージです。寒湿困脾の具体的な症状としては食欲不振、吐気や嘔吐、口の粘り、胃腸の張り感、腹痛、軟便や下痢(便の臭いは弱い)、身体の重だるさ、頭重感、むくみ、日中の眠気などが挙げられます。


寒湿困脾を改善する漢方薬は胃苓湯(いれいとう)、五苓散(ごれいさん)、藿香正気散(かっこうしょうきさん)、茯苓飲(ぶくりょういん)などが代表的です。


脾胃湿熱(ひいしつねつ)とは

脾胃湿熱とは熱性を帯びている水湿である湿熱が脾胃に停滞した状態を指します。寒湿困脾と脾胃湿熱は水湿が脾胃に悪影響を及ぼしている点では共通しています。上記の表現を借りれば脾胃湿熱は消化器に「熱っぽいヘドロ」のようなものがたまっている状態といえます。


脾胃湿熱の具体的な症状としては食欲不振、吐気や嘔吐、口の粘り、口の渇き、軟便や下痢(便の臭が強くベトベトしている)、色の濃い尿、肌のかゆみや黄色化ななどが挙げられます。脾胃湿熱は脂っこいものやアルコール類を摂り過ぎた後、つまり二日酔いやそのような生活を繰り返していると陥りやすい病態でもあります。


脾胃湿熱を改善する漢方薬は茵蔯蒿湯(いんちんこうとう)、茵蔯五苓散(いんちんごれいさん)、平胃散合黄連解毒湯(へいいさんごうおうれんげどくとう)、黄連解毒湯合五苓散(おうれんげどくとうごうごれいさん)などが代表的です。


胃(い)のはたらき


脾は五行論において土に属し、六腑のうち胃と表裏の関係を築いています。胃は飲食物の消化をおこない、脾が水穀の精微をつくり出しやすいようにサポートしています。このように胃と脾は機能面において強く結びついている臓腑といえます。


胃の異常


胃において起こる代表的な異常として胃気虚(いききょ)、胃陽虚(いようきょ)、胃陰虚(いいんきょ)、胃寒(いかん)、胃熱(いねつ)、食滞胃脘(しょくたいいかん)などが挙げられます。胃のトラブルは比較的、上腹部に現れやすいという特徴があります。現実的には脾と胃の関連性はとても高いので脾のトラブルと胃のトラブルを厳密に切り分けるのは難しいです。


胃気虚(いききょ)とは

胃気虚とは胃に供給される気が不足した状態であり、主に消化機能が低下した状態ともいえます。胃気虚の具体的な症状としては吐気と嘔吐、少し食べただけで胃が張る、食の細さなどが挙げられます。


胃気虚を改善する漢方薬は小半夏加茯苓湯(しょうはんげかぶくりょうとう)、六君子湯(りっくんしとう)などが代表的です。小半夏加茯苓湯は妊娠中の「つわりの漢方薬」として有名ですが、吐気を中心につわりにこだわることなく使用できます。


胃陽虚(いようきょ)とは

胃陽虚とは胃気虚よりもさらに気の不足が進行した状態であり、気の温煦作用の低下が目立つ状態といえます。しばしば胃気虚と胃陽虚をあわせて胃気不足(いきぶそく)とも表現されます。胃陽虚の具体的な症状としては胃気虚の状態にくわえて、手足の冷え、寒がり、冷やすことによって悪化する胃痛などが挙げられます。


胃陽虚を改善する漢方薬としては人参湯(にんじんとう)、呉茱萸湯(ごしゅゆとう)が代表的です。呉茱萸湯は胃陽虚による胃痛だけではなく、寒冷刺激によって現れたり悪化したりする頭痛にも有効な漢方薬です。


胃陰虚(いいんきょ)とは

胃陰虚とは胃を潤すための津液が不足している状態を指します。胃陰虚の具体的な症状としては食欲低下、口の渇き、からえずき、しゃっくり、胃痛、胸やけ、腹部の張り感、便秘などが挙げられます。胃陰虚においては、空腹感はある一方で食べる気が起こらない、吐気はあるけれど嘔吐することないという特徴があります。


胃陰虚を改善する漢方薬は麦門冬湯(ばくもんどうとう)が代表的です。麦門冬湯は主に肺陰虚(はいいんきょ)にもちいられる漢方薬なので、胃陰虚にくわえて肺陰虚による乾燥した咳や切りにくい痰もある場合には最適です。


胃寒(いかん)とは

胃寒(いかん)とは主に生ものや冷たいものを摂り過ぎたことによって胃が冷え、そのはたらきが低下した状態を指します。胃寒は胃陽虚と似た病態ですが、胃陽虚は温める力の低下である一方、胃寒は食事や外気などによって冷やされてしまった結果です。しかしながら、現実的には胃寒は胃陽虚や脾陽虚をともなっていることが多いです。胃寒の具体的な症状としては冷えによって悪くなる胃痛、水っぽい大量の唾液、吐気と嘔吐などが挙げられます。


胃寒を改善する漢方薬としては人参湯(にんじんとう)や附子人参湯(ぶしにんじんとう)など主に脾陽虚の改善にもちいられる漢方薬が使用されます。


胃熱(いねつ)とは

胃熱とは辛い物やアルコール類の摂り過ぎなどによって胃に熱がこもり、そのはたらきが低下した状態を指します。胃熱の具体的な症状としては過食、吐気や嘔吐、ゲップ、口の渇き、口臭、歯肉の腫れや化膿、胸やけ、胃痛、便秘などが挙げられます。


胃熱を改善する漢方薬としては黄連解毒湯(おうれんげどくとう)、半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)、吐気やゲップが目立つ場合は生姜瀉心湯(しょうきょうしゃしんとう)、口の渇きが強いケースは白虎湯(びゃっことう)などが代表的です。


食滞胃脘(しょくたいいかん)とは

食滞胃脘(しょくたいいかん)とは暴飲暴食や食べ過ぎなどによって食べたものが胃に停滞し、胃のはたらきが悪くなっている状態を指します。脾胃が弱っている方だと普通の量の食事でも食滞胃脘に陥ることもあります。食滞胃脘の具体的な症状としてはゲップ、吐気や嘔吐、料理のにおいを嗅ぎたくない、胃や腹部の張り感、消化不良の下痢、便秘などが挙げられます。


食滞胃脘を改善する漢方薬としては消化不良の下痢がある場合は参苓白朮散(じんりょうびゃくじゅつさん)や啓脾湯(けいひとう)、胃の痛みや腹痛にくわえて下痢が目立つなら半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)、もともと消化器が弱い方は六君子湯(りっくんしとう)が適しています。


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文・女性とこどもの漢方学術院(吉田健吾)